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ゲーム雑誌のクロスレビューがなぜここまで注目され、権威を得ていた時代があったのか。

実は俺はゲーム雑誌をかなりたくさん読んでいて、実際購読していたこともあった。
しかし、引っ越しでやむなく捨てたり、同居する親に「邪魔だ!」と捨てさせられたりして、
今や殆ど手元に持っていない。

とあるきっかけで、家に保存してある少ないゲーム雑誌の中から「電撃ニンテンドウ64」を読む機会があった。

この雑誌にもクロスレビューのコーナーが存在していたのだが、読んでみて愕然としたものだ。

クロスレビューのレビューはもっと中身のあるものだと思っていたのだが、まあ、担当者が1,2時間プレイした感覚を書いている程度の内容なのが丸わかりで、「クロスレビューってこんなもんだったっけ?」と感じてしまったことから今日のエントリは来ている。

ゲーム雑誌のクロスレビューとはなにか?

まあ、検索してもらって、意味なり何なりを調べてもらいたいのだが、あえて書くとするとこうだ。

発売前のゲームソフトを複数人(4人であることが多い)で短文レビューして、各々が点数をつける。
点数は10点満点であることが多いが、100点満点のこともある。

もっと付け加えると、読者にとって注目度の高い(あるいは高かった)コーナーだったが、雑誌全体からすると、わずか数ページのワンコーナーであり、ここに全精力を注ぎ込む余地はない。

発売前のゲームソフトを、たくさんゲームを遊んでいるゲームライターが、手触り感を点数つけてレビューするというのがクロスレビューだ。

そして、その内容から、読者からの注目度は高く、今はそれはネット上に舞台を移し、主に海外サイトではレビュー専門サイトがあり、そこで付けられる点数、レビュー内容が物議を醸している。

このクロスレビュー、今みたいにネット社会になる前は、発売前のゲームソフトの評論を見られるのはこれしか存在しなかった。

そして、読者からすれば賛否両論どころか、どちらかと言うと、評判が悪く、あてにならないとかそういった声が多かった。

俺はこう思う、あてにならないとはどういう意味なのだろうか、と。

点数つけて、短文レビューするのだけど、その内容が、本来評価されるものが評価されなかったり、全然実態と異なっていたりということなのだろうか。

しかしそれは当たり前のことではないだろうか。

まず、読者(ユーザー)との環境の違い。

発売前のソフトをプレイしてレビューするのだけど、完全な完成版をプレイできるわけなどなく、実際に触るのはほぼ完成版をプレイすることになる。
そうしたら、細かいバグとか残っていたりするだろうし、そんなところまで真に受けてレビューする訳にはいかない。
それにほぼ完成版というサンプルROMを借りてプレイするのだから、揚げ足とったようなあまり辛辣なことも書けないのは当然のことだろうと思う。
(でも実際、俺が読んだ「電撃ニンテンドウ64」は毎号、ここまで書いていいの?って言うぐらいだめな部分もだめな部分で、ハッキリ書かれていたが。それも、ネット上でブログなどでレビューを書いたら、「何いってんのこの人」と炎上しそうなほど厳しく書かれていた)

それにもちろん、「このバグ、あるいは仕様製品版でどう変わってますか?」など一々開発スタッフに聞くわけにもいかない。
そんな状態から、レビューを書かなければならない。

それだけではない。
雑誌のわずか数ページでしかない、クロスレビューのコーナーに、数十時間と時間を割くわけにもいかない。

俺が冒頭に書いたように、まあ各担当者が1時間、良くて2時間触れた程度の感想をレビューとして載せているのだろうというのは、既成事実として読むべきではないだろうか。
(実際、サンプルロムをクリアまでプレイしてクロスレビューを載せていた雑誌もあったそうだが。俺が知る限りでは、電撃PCエンジンと、その後継誌の電撃プレイステーション。電撃プレイステーションは今も刊行が続いているが、今はどうなっているのか知らない。今から言って初期の時代のことだ)

そんな環境で、あなたがゲームライターなら、的確なレビューを、しかも全ソフトに渡ってかけますか?って話だ。

1本のゲームを、たった1,2時間やった程度で、偉そうにレビューを点数付きで載っけられるのかなどと憤慨する人がいるだろうが、正直な話、現実的なラインとしてはそれで当然だと思う。

荒れる原因となったのは、ファミ通がそれでもクロスレビューではない別の何かのコーナーで「うちのクロスレビューはクリアまでプレイしてからレビューしている」みたいなことを言い張っていたからだと思われる。

今でこそなくなったが、10年前20年前は、クリスマス商戦など繁忙期には1週間だけでも10本から20本のゲームが発売されていた。
繁忙期でなくても、10本ぐらい同時発売されるのは当たり前、一桁しか出ない週のほうが珍しいぐらいだ。

1本1時間としても10本で10時間にもなる。
現実的に言って、これだけのゲームソフトを短期間にクリアして短文レビューを書いてなんてことは、まずとうてい無理だ。

俺は、クリアまでちゃんとプレイしてからレビューを書いてたらしい電撃PCエンジンや電撃プレイステーション(初期時代)すらも、「ホントか!?」と疑ってしまうんだけど、電撃PSはともかく電撃PCエンジンは、月刊だったし、確か1人か2人が長文レビューを書いてた記憶があるから、クリアまでやって、あるいは、10時間ぐらいかけてプレイしたもののレビューを載せていたのは本当なのかもしれない。

次に、レビューとはなにか?という話になってくる。

こうなってくると、話が壮大になりすぎて、俺が語るべき話ではなくなってくるんだけど、
レビューっていうのは何なんだろうか?

「出来の良い」ゲームと「面白い」ゲームは別物だし、それを一緒くたに評価するのもハッキリ言って無理だ。

でも、ゲーム雑誌のクロスレビューというのは、大多数が楽しめるであろうゲームに高評価を与えざるを得ないのは暗黙の了解ではないだろうか。

ネットの素人のブロガーが書いているレビューのほうがずっと信頼性が高いなどと言われるが、俺はそれだって疑問が残る。

では、だれか、具体例を出してくれないか?
俺はそう思う。

俺はネットでも活発に評論活動を行なっている人を探しているが、本当に読み応えがあり素晴らしいと思っているレビュアーは一人しか知らない。

その人は、ある意味有名だしある意味無名な存在で、どちらかというとネット上のゲーマーの間では知られていない存在だと思う。

ネット上のゲーマーの間で知られているレビュアーで、絶対に信頼の置ける人というのを俺は出会ったことがない。
もしよかったら、この機会に、その素晴らしいレビュアーを教えていただけないだろうか。

話を戻す。

「出来の良い」ゲームと「面白い」ゲームが別物である理由について書く。

それは、「面白い」けど「出来が悪い」ゲームというものが存在するからだ。
その逆に、「出来は良い」けど「つまらない」ゲームが存在するからだ。

出来が良いのにつまらないゲームなんてあるのか?って言われるかもしれないが、具体例を出す。
これも物議を醸すかもしれないが、「ファイナルファンタジーXIII」である。
映像美術、戦闘システム、素晴らしく作り込まれているが、料理で例えるなら最後のスパイスや味付けの付け方がミスマッチで、つまらないゲームになってしまった。
だけど、個々を見ていくと、戦闘シーンだけを見れば面白いみたいな部分はある。ムービーだけは綺麗で見ごたえがある。が、ストーリーの魅せ方が悪い、とか。

これは、逆を言えば、「面白い」けど「出来が悪い」ゲームとも言えてしまうのだから、難しい話だ。
だけどFFXIIIはコアターゲット層を考えると、評価を低くされてしまうのは仕方のないことだと思う。

これを、1ゲーム雑誌というメディアが、たかが雑誌のワンコーナーであるクロスレビューで、どうやって評価をくださなければならないか

実に、実に難しい問題だと言えないか?

素直に、戦闘は面白い、ストーリーは見せ方が悪い、これでいいのかもしれないが、みんなが期待している超大作RPGに、そんな塩をかけるような行為が本当にできるだろうか?

やっぱりそこは”空気を読んで”、表現する必要が出てくるのではないか。

話をもう一度戻すが、そもそもレビューとはなんだろうか。

難癖の付け合いをして、正当評価するためのものだろうか。
それよりかは、「面白いところ探し」をするのがゲームレビューだと思っている。

それが、雑誌のクロスレビューになると、読者からメーカーの提灯持ちと見られてしまうのは、正直なところ、悲しい。

後、今回俺が、ゲーム雑誌のクロスレビューを久々に読んでみて、思ったより厳しいことを書いている(少なくとも「電撃ニンテンドウ64」では)ことには正直驚いてしまった。

ただ、ある意味読者が期待している(レビューとは違うと思っているが)、たくさんのゲームをプレイしているゲームライターの視点から語るプレイ感覚というのが、赤裸々に書かれているというのは、読者が期待しているものにある意味応えていると言ってもいいかもしれない。

ただ、それはネット上に転がるレビューとは違くて、まさにゲームライターの試食会みたいなノリに近いように感じた。

今は、昔のクロスレビューより、ゲームレビューは進化している。

誌面の都合で短文レビューである必要はないし、製品版を最速クリア速報長文レビューなんてものも珍しくない。

何より、ゲームライターだけでなく、ブロガーからも的を射た長文レビューがたくさん投稿されるようになり、それを期待している読者も増えた。

ゲームレビューは形態を変えて進化し続けている。

しかしまだまだ俺にとってはゲームレビューは進化が足りないように思う。

それはここでは存分に語れなかったが、ゲームレビューとはどうあるべきか?読者は何を期待して読むべきか?
リテラシーにも通ずるこの部分が未発達なのである。
とりあえずこのエントリでは、「良いところ探し、面白いところ探しするのがゲームレビューなのである」ということを理解していただくところから始まってほしいと思っている。

本当に出来の悪くて見るべきところのないゲームなら別だが、辛口にこき下ろすのが真のゲームレビューではない。

俺はそう思っている。
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