FC2ブログ

北海道大地震に遭遇。俺は大丈夫です

5日深夜未明の出来事だった。

突然の激しい揺れに、眠っていた俺は飛び起きた。

それは、横揺れだったのか縦揺れだったのか、今となっては良く思い出せない。
なにせ、深い眠りに付いていたときの出来事だったからだ。

ただ一つ感じたのは、身の危険を感じるほどの地震だったということだ。

地震が終わってすぐ、停電が起こった。
停電だと気づいたのは、窓の外に見える眩しいほどのLEDの街頭が全て消えていたからだった。

激しい揺れと、恐怖を覚えるほどの暗闇。
この暗闇に包まれてからの俺は、恥ずかしいことだが暫くの間は怖くて眠れなくなった。

妙に、遠くで行き交う車の音が耳に残る。

なにかが起こっているのか、何も起きていないのか
テレビもパソコンも電話も使えない状態の中で、確認するすべは何もなかった。

そうこうしているうちに、まどろみは向こうからやってきて、俺は再び眠ったようだった。

翌朝。

起きてきて居間に降りてきた俺は、まだ停電が解消していないことを知り、驚く。

テレビは消えており、代わりに風呂場においてあるラジオがテーブルの上に置かれ、けたたましく放送を流していた。

そこで俺はようやく詳細を知ることになる。

北海道の何処かで震度6の大地震が起こったこと。
俺の地区では震度4の地震が起こったこと。
北海道全土が停電になり、復旧の目処が立たないこと。

いつも通所している作業所からも連絡が入り、今日は休みとのことだった。

その後、俺はすぐに、食料の確保をするように言われ、近くのスーパーに車で行く。
ところが、営業停止しており、中に入ることが出来なかった。

別のスーパーに行く。
今度のスーパーは入場制限を行っているらしく、それを待つ大行列が発生していた。
とてもじゃないが中にはいれそうにないほどの行列だったので俺は並ばずに帰った。

コンビニにもよってみるが、食料品は全滅していた。
停電しているので、電卓で会計を行っており、店の中は薄暗く、いつもでは見られない光景になっていた。

家に帰る。

そこでようやく身の回りで異常事態が起きているということに気づく。
昨日のたかが1回の地震で、ここまでのおおごとになるとは思いもよらなかったのだった。

停電しているので、テレビも見られなければパソコンも付けられない、携帯も充電がなくなったら切れる、そんな生活が始まった。

頼りになるのは、ラジオ一台のみ。

こんな非日常の生活を突如として強いられるようになってしまったのである。

暇だ。
第一声はそれだった。

周りのスーパーから食料品が消えたことよりも、今後余震が起きる恐怖よりも何よりも、
電気がないことからくる、暇で退屈な生活がもっとも苦痛と言っても言い過ぎではなかった。

なにせ、することがない。

テレビもそれなりに大騒ぎだったのだろうが、肝心の被災地では停電のため見ることが出来ない。
いくらテレビで被災地を応援してたり、注意を促したり、なにかをやっていたとしても、現地の人間はそれをおそらくみていない。
(テレビ付きのカーナビ搭載の車とか所有してた人なら、見てたかもしれないが)

現地で頼りになったのは、ラジオのみである。

そのラジオも、地震速報の特別編成で夜22時までは、ずっと地震情報を流していた。
だが、現地の人間は、それこそが最も欲している情報であり、ラジオの前で俺は停電の復旧情報をひたすらに待って聴き続けた。

夜、暗くなる頃には復旧するだろう、俺はこんなふうに思っていた。
だが、そんなに都合よく、ことは運ばなかった。

ローソクや懐中電灯を用意して、暗くなる夜に備えることになった。

そして、日が傾き、次第に周りは暗闇になっていく。夜がやってきたのである。
無情なことに電気は復旧しなかった。

夜になって、ローソクと懐中電灯で明かりを灯す。
それだけだと足りないので、なんだかよくわからない小型LED照明みたいなのを親父が持ってきて
適当なところで照らす。

ご飯は、幸い水とガスが使えるので、鍋に水を入れて沸かしたところに冷凍食品やご飯を入れて蒸して作ったものを食べた。
というより、こんな状況に突然陥って、食欲なんてなかなか出ない。
それが本音のところだった。

夜は本当に暗かった。
窓から外を見ると、普段ではお目にかかれないような暗闇が支配していた。
そして、星が見れた。きれいな星空だった。

夜ご飯を食べた後も、基本的にはすることがない。20時21時にはもう眠りたくなってしまうほど暗いし退屈なのだが、寝るにしてもまだ早いし...ということで、他の人の家はどうなっているのかなど窓の外を見たり、流石に飽きてきた地震情報のラジオを聴きながら時間を潰していた。

そうしたら、道路一本隔てた家で、電気がついているのが見えたのである。
よく見ると街頭のLED電灯も、その明かりを煌々と付けていて、あたりを照らしていた。

近所の電気が復旧したのである。

俺は、俺の家もすぐ復旧するように期待した。
が、結局22路を過ぎても、家の電気が復旧することはなかった。

もう待てなくなった俺は23時前にはもう退屈にも耐えられなくなり、床につくことにした。
が、そう都合よく眠れるはずもない。1時間は布団の中で格闘しただろうか。
それでようやく眠りについた。

電気が復旧して、もとの生活に戻れたのは次の日の朝のことだった・・・



これが、9月6日体験した出来事の一部始終だ。

俺は無事です。

7日には、電気も復旧してみんな元の生活に戻り始めている。

ただ、スーパーの冷凍ものや食料品などはまだライフラインが完全に復旧していなくて品切れを起こしていて、震源地からかなり離れた場所でも、それなりの混乱状態は続いている。

7日になって、俺は風邪を引いたらしく、喉を痛めている中これを書いている
(家族の中で風邪を引いている者がおり、それがうつったらしい)

大変だったのはやはり停電が起こったことで、電気が使えないというのは、相当に不便な生活を強いられるということを痛感させられた一日でもあった。

日頃の当たり前の生活に感謝したい。

俺の家の電気は復旧したが、まだ地震の混乱は各地で続いている。
まだ「終わっていない出来事」として認識しておかなければならない。
スポンサーサイト



プロフィール

安西爆弾

Author:安西爆弾
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR