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2017年 新年のご挨拶

これを書き始めたのが、PC上の時計で2017年1月1日0時24分です

あれこれ考えたのだけども、2017年、今年は新年の挨拶というのをやっておこうと思う。

どういう形で、新年の挨拶をしようか考えた結果、
最終的にこのブログへと行き着いた。

実はtwitterで、俺ときちんと向き合ってくれる人一人一人にDMを送ろうと思ったのだが、
新年から俺のネガティブ話を読まされてもイヤだろうということで、この寂れたブログに決めた。

新年の挨拶と言っても1月1日に読まれることはない。
まあ、俺のこと気にしてくれる人なら、いつかは読んでくれるだろう
更新も今はかなり停滞しているし、新しいエントリに埋もれていくこともない。
他力本願だが、一番読んで欲しいだろう人たちにメッセージを伝える形としてはこれが最適解だと自分は考える。






このブログのメインコンテンツとなっている、愚痴

愚痴ってなんなんだろうと思う。

ここでは、意味とかそういうことじゃなくて。

愚痴をこぼしたくなるときというのは人間的なメカニズムとして、どこから来るのだろう
ということだ。

俺は、人間が他人に何かを伝えたいとき、
それがどんな話題でも、ネガティブなことでもポジティブなことでも
共感してほしくて訴えかけていることから来ているのだと思う。

共感できない話のとき、他人はそれを拒絶するのだろう

これは極めてシンプル化したロジックである。

俺は、他人に、自分のことを共感してほしくて、こんなブログを何年も書き続けていたのだと思う。

だけども、それは多くの人に拒絶された

・・・かどうかはわからない。

少なくとも、共感を呼ぶ愚痴ではなかったのは確かだと思う。

それはなぜなのかというと、俺が他人と違う人間だからだ。

このブログを熱心に読みに来ている、それも、共感できずに拒絶している人
(なぜそのような人が熱心に読みに来るのかはわからないが)

もううんざりする返しになるかもしれないが、何度でも言う。
それは俺が発達障害という障害を抱えているからだった。

極端に言うと、俺は他人と違う世界を生きてる
他人と違う価値観で生きてる

学校で
職場で
町中で
駅前で

どこでもいいが、同じ空間を共有して、俺と会話しても、俺と分かり合えることはきっと出来ない。

良くリアルとネットを分けて考える人がいるが、
人と人が触れ合う空間にリアルでもネットでも、そこに違いはなく、また境界線もない。

俺は自分のことをわかってもらおうと、もう何十年にも渡ってネットでも自分のことを訴え続けてきた。

それが良かったのか悪かったのか
良い結果だったのか悪い結果だったのか、それはわからない。

俺がその過程で身につけたこと

自分の感情を、嘘偽り無くそのまま表現すること、吐き出すことだった。

だから、ネットの俺はリアルでもあるし、リアルの俺はネットでもある。





自分の思っていることを、はっきり書いてしまう。

良くも悪くも、事実と真実をはっきり書いてしまう

だが多くの人は、

リアルでもネットでも、そのツールを普通は使い分ける

これは、俺と同じ発達障害を持っていようが、健常者だろうが、きっと同様のこと。

なぜなら、そうすることで、円滑にコミュニケーションが行えるからだ。

というよりも、それをしなければ、他人とわかり合ったり、自分の伝えたいことを上手く他人に伝わらないからだ。

ネットなんて世界は、余計発達障害に都合よく出来ているから、発達障害者にとっては
ネットが最後の防波堤と言っても過言ではないコミュニケーションツールだ。

だが俺は、そんなネットの世界でも、そういう使い分けができなかった。

もう一度書く。

このことが、才能なのか努力の賜物なのか
自分にとって良いことなのか、それはわからない。
(きっと良くないことなのだろう)






じゃあ、唐突にこんなメンヘラポエムを書いて、俺は一体何を伝えたいのか?

そこでまた、最初の話に戻る。

愚痴というのは、他人に共感してもらうためにするものだ。

だが、
俺が、発達障害者であるということがわかってから
このブログの存在意義がなくなってしまったのではないだろうか?

PVが減ったからとか、
書くことがなくなったからとか、
ブログの運営に疲れたからとか、
面倒くさくなったからとか、

そういう小さい理由から来ているわけではない。

俺は思う。

俺の持っている悩みが、一般的に抱えている悩みと大きくかけ離れているとしたら。

そうだとしたら、このブログで訴え続けていることの殆どが無意味だ。

なぜならそれは、俺の悩みは一般人にわかるわけがない。

わかるわけがないから、多くの人は、俺のことを理解できないわけで。

理解できないことを、長年にわたって、ネガティブなことをいい続けてきて
話はいつも平行線になって、最後には自分が死にたいという流れになる。

そうしたら、俺の言ってることを理解できない人たちは、
何か、精神病にかかっていて、おかしくなっているのではないか

うつ病にでもなって、変なたわごとを繰り返していてやばいんじゃないのか

と、こういう結論にどうしてもなってしまう。

発達障害者の会話は、キャッチボールではなくドッジボールである
という発言がある。

発達障害者世界では有名なラヴィアンローズ先生のYoutube動画の一つだ。

ラヴィアンローズ先生の発達障害動画は発達障害に詳しい。










もう一度書く。

俺は、同じような境遇の人達と、わかり合いたかったという気持ちがある

例えば、
高齢ニートだったり、
同年代の無職だったり、
なんかわからないけど苦しくて引きこもり状態になってたり、
うだつが上がらない生活に辟易してる人だったり

だけども、その前提が崩れ去ってしまった今、
俺がこのブログで続けてきたことが、全く意味のないことになっていないだろうか?






俺自体、発達障害という病気のせいにするつもりはまったくない

大体、俺自体が、ちゃんとした病院で診断されても、それを完全に実感するのに4ヶ月かかった。
去年の8月末で発達障害が発覚して、12月中旬、
いや、下旬辺りまで、どこからどこまでがおかしいのかということが、気づかなかった。

この、理解するまでの4ヶ月間、
もう、自分でも何が何かわからなかったし、
答えは出てるんだけど、間の検算を何度見返しても理解できない数学の問題を見ているような状態だった。


これは、個人的な分析であるから、他の発達障害者には当てはまらないことを前提に
俺の症状をなるべくわかりやすく説明、表現させてもらいたいと思う。


俺は要するに、精神年齢が小学校中学年から高学年辺りまでで止まっている大人
と言ったところだ。

発達障害には、既に医学的にどういう症状があるのかということが、様々なサイトで説明されている。

それを何度熟読しても、はっきりいってわからないと思う

だが、俺の場合に限定して書かせてもらうと、俺の発達障害の症状というのは、今書いたとおりだ。

頭脳が子供のままの人間に、苦手なことを教えこんでも、それを理解して咀嚼して
使い物になる知識として吸収するのに、時間がかかるのはわかるだろうと思う。

職場で、空気を読んで会話をすることが出来ないこと
同年代の大人たちと、年相応の会話ができないで押し黙ってしまうこと

時間が守れなかったり
部屋が汚かったり、
自分の好きなことにだけ夢中になって、大人としてはだらしなかったり
約束を守らない、衝動的で自分勝手に動いてしまう
平気で他人を怒らせる言動を何度も無自覚に繰り返してしまう
計画性の全くない本能的な行動等

俺に当てはまる症状すべてが、精神年齢が小学校中学年から高学年辺りまでで止まっている大人
だという一言の説明で、「そういうことか」とわかっていただけないだろうか。

例えば俺は、ゲームへ未だに異常な興味を持っており、それが幼少期からずっと続いている。
そんな大人、今の時代たくさんいるのだが、たったひとつおかしい点がある。

それは、ゲーム好きの大人は、年相応の大人向けのゲームを好んで遊ぼうとするが
自分の場合は、ゲームへの興味、執着心が強すぎるせいもあるのだが
子供と一緒になって、今の子供向けゲームである「妖怪ウォッチ」やらそういうものを
子供と同じ立場、視点で立って興味を持っていると言う、ちょっと異常な部分がある。

これはゲームだけにとどまらず、アニメ、映画、ドラマ、テレビのバラエティに至るまで
精神年齢が小学生で止まっているから、そういう価値観で興味対象が決定されていくと、考えてください。

いい大人になると、創作物に対して、どうしても人生経験から、斜に構えて見てしまって
ちょっとでも破綻した箇所があれば、気になって、それをあげつらって批判したりする

だが俺は、精神年齢が大人になれないので、素直に受け入れてしまう

彼女がほしい
結婚したい

この感情が、俺には理解不能だ。

汚い話で申し訳ないが、童貞のままだから悔しいとか、卒業したいとか
そういう感情も理解不能で、全く自分にはわからない。

これまで、周りが結婚したとか、クリスマスがぼっちだとか
そういう話題がリアルであったとき、悔しがったり羨ましがったり
ここは祝福するところなんだ、というのを知識から理解して、実践しているだけだった。

最後の童貞卒業したいというのも、「ここは悔しがったりしなきゃいけないところなんだ」っていう
知識に基づいて反応しているだけで、本心では、そのへんの大人の男が感じなければいけない感情自体が、本当に理解できない。

カワイイ女の子を見て、かわいいとは思うが、その先を考えることはない

彼女にしたい
あの女とやりたい(汚い表現で申し訳ない、配慮したつもりです)
嫁にしたい

ここまでの感情に発展することは俺には絶対にない。

これは、いわゆる二次元至上主義であるアニメオタクの思考とも異なる。

それはアニメのかわいいキャラを見ても、現実のカワイイ女の子を眺めてかわいいなと思うだけで、やはりそれ以上の感情に発展することはない。

こういう自分のこれまで生きてきた経験を包み隠さず
正直に分析した結果が、精神年齢が小学校中学年から高学年辺りまでで止まっている大人
ということだ。

多分、俺が、キャバクラとか行っても、楽しさが理解できないんじゃないかと思う。

だって、俺自体が、小学校の同じ教室にいるカワイイ女の子を眺めて可愛い程度の感情で止まってしまうのだから。






ここで、一つの疑問に答えておきたいと思う。

「病院でちょっと発達障害と診断されたから、それを隠れ蓑にして色々まくし立てているだけだ」

という疑問についてだ。

これについてももう、ネットでも明確にこの上なくはっきりとした答えが出てる。

それは、俺を見てイライラしたり、腹を立てたり、理解できなくてなんかムカついたりして
このブログをそれでも何度も足を運んで見に来ている、俺との人間関係が、もう動かぬ証拠だ、と俺は思っている。

これだけ長くブログをやっていても、ネットで色々やっていても
理解をいただける人が少なく、ネット上ですら異常なほど人間関係のトラブルが多い。

もう、その状態が既に、俺が発達障害を患っていて、普通の人と違うところがあり
それも、目に見えづらい部分で、苦しんでいるという、何よりの証拠になっている。

2017年新年の挨拶ということで、俺もここまで書いている。

もう俺が、自分自身のことをここまで説明することはしない。
これ以上、自分のことを他人に理解してもらう義務も義理もない。
わかってくれる人だけがわかってくれればいい。

こんな自分でも、ちゃんと俺に向き合ってくれる人が僅かでも出来るのだから、
ネットの世界というのは、最終的には捨てたものではないなと感謝したまま2016年を終えることが出来たのは本当に良かった。







最後になりますが、新年の挨拶を、個人宛に一つ一つ書いて終わりたいと思います。

これは、基本的に、このブログなどで知り合った人、一度は真面目に向き合ってくれた人宛に
書いていきます。

が、現在、一切交流がない人、俺の至らぬ行動が原因も含めて、交流が途絶えた人にも書いてます

逆に、ここで名指しするのは不適切だと感じた人は、挨拶の候補から外れています。


★しきいしさんへ
このブログを始めて、最初に向き合ってくれた人
今ではほとんど接点がなくなっていますが
しきいしさんにだけしか言えませんが、こうやって病気がわかってもなお、
まだ死にたくなることが多くあります

発達障害は、良く特別な才能のある人とか言われますが、俺はそれは逆だと思ってます。
特別な才能のある人にならないと行けない生き方をしなくちゃいけなくて、それが目立ってるだけだと思います。
ビル・ゲイツとか、スティーブ・ジョブズ、日本でも色々いますが、
普通の生き方をある意味、断絶された俺はやっぱり、苦しいと言わざるをえないです

★noboruさんへ
なんだかんだで、カクヨムに連載しようとしてた小説の話がなくなって申し訳なく思ってます。
RPGツクールでゲームを作るということに決めてしまったので、そっちの方で代わりに頑張りを見せたいと思います。
2015年に短編の練習を指導していただき、その後のRPGツクール3で、その時のことを結果的に活かせたんじゃないかと思ってます。
でも、自分はそういう体系的な考えで動いていたわけではないのが、申し訳なかったです
(RPGツクール3でゲームを作ろうとしたのは、本当に衝動的な行動で後先考えてなかったからです)

それから伝えたかったこととして。
noboruさんがはじめてコメントしたとき、小説を書くのが向いてそうな人と言う一文がありました。
実は、去年、病院の診察で、心理検査を受けたときの結果で、
僕の場合は、分野別の点数がバラバラで得手不得手がはっきりわかれてるのですが(一般的には平坦の結果になります)
言語化の分野が高い結果を出していたそうです。
noboruさんの、あのときのアドバイスは的確だったのだと言うことじゃないかと思います。

★Iさんへ
一応伏せ字にしときます。
もうここ見てる可能性一番低い人なのですが、一応。
悪気がなかったのですが、ガセネタをtwitterにてRTしてしまって、申し訳ありませんでした。
後、損得勘定抜きで、相互にコメントのやり取りがなかったとしても薄い繋がりが続いてればいいなあと個人的に思っています。

★むらくもさんへ
この人ももう、これを見ることほぼ無いだろう人なんですが。
2014年にあなたに出会って、2015年に相談して、話を聞いてくれたことは今でも感謝してます。
情けないお話ですが、今でも当時も、自分は追い込まれており、向き合って話を聞いてくれるだけでも俺の中では貴重な存在でした。
これも損得勘定抜きで、そちらのブログが賑わってるから、いたストの株あいのり風に
コバンザメしたいとかじゃなくて、こうやって何かを個人宛に伝えたい人の一人です。







終わりに。

何度か書いているが、自分の悩みが一般的でない以上

俺がこのブログを熱心に続けていく意味がよりいっそうないものになっていると思う

これまでと同じノリでこのブログを更新し続けていても、
理解が頂けず、見る方も俺も辛いだけだし、
だけども、このブログの方向性を、今後どのように方針転換するのかの路線も定まらない

結局、ここで強引に続けようとすると、なにかしらのきしみが起こるのはもう避けられない。

答えが見つからない以上、今の段階では何も言えない

終わります。
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