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最近はニコニコ動画のゲーム実況も見ている。

ここ1年半ぐらい、ニコニコ生放送をラジオ代わりに付けたりしていたが、ニコニコ生放送がいよいよ過疎ってきて、見るものが無くなってきているため、
最近はニコニコ動画のゲーム実況の方にも手を伸ばして色々見ている。

しかし、こちらの方も、なかなか面白い動画というものには出会えない。

色々探してみるのだが、例えばニコニ広告された動画であるとか、当たり前すぎるやり方かも知れないが、再生数の多い動画を見てみるのだが、これがさっぱり面白いと思えるものに出会えない。
これは俺の面白いと感じる嗅覚が他の人と違っているからなのだろうか?

何度もそう思った。

そんな事を考えながら、
先日、パイロットウイングスをやっていた時に、参考動画を探していたら、俺にとっては面白い実況に出会ったので、その人達を紹介しようと思う。


ガチ兄弟二人が実況しているのだが、
とにかく、元気。

いわゆる、ウェーイ系の実況動画なのかもしれないが、そういういやらしさもあまりなく、謙虚な姿勢が多く見られる。
兄の方の滑舌がよろしくないのが気になるところだが、別に気にならないといえば気にならない範囲。

俺はパイロットウイングスの動画が一番面白いと思うのだが、他の動画シリーズも見てみて、
「がんばれゴエモン2 奇天烈将軍マッギネス」の動画も中々面白いと感じた。


やはり2人組実況動画といったら、鉄板と言えるのが、この「がんばれゴエモン」
1の方もおんぶ縛りプレイをしているが、稼ぎプレイばかりでふたりとも口には出さないが乗り気でない感じがしたのが残念。

他にも色んなゲームに挑戦していて、俺も見ているのだが、ここでは敢えて紹介していない。
紹介していると、キリが無くなってしまうためだ。

しかしこれだけ面白い実況動画なのに対し、再生数はそれほど伸びることはなく(それなりに伸びてているのだが、コメントが少ない)、この2人は、わずか数ヶ月で活動を終了してしまった。

実に残念な限りだ。

色々と再生してもらう工夫や、企画っぽいことなんかもやってたり、取り扱うゲームも個性を出しているのであるが、それらも虚しく動画の海に埋もれてしまったのだ。

後、俺が面白いと思う動画と、世間一般が求めているものが大きくかけ離れているというのもあるのかもしれない。

俺は面白いと思って今回紹介しているが、このブログで紹介されて、見てみて、「別に大したこと無いな」で終わってしまう可能性は大いにある。

だが、俺はこういう系の実況動画が好みなのである。
あまり、どういう内容の動画が好みというのは口では伝えづらいのであるが。
必ずしも2人組じゃないとダメだとか、2人組でやっているのが好みとかそういうわけでもない。
(ただ、多くの人が1人でやっている実況動画から考えれば、ある種強みではあると思っている)

とりあえず、そのところを了承してもらってから、動画を見るなら見てもらいたい所だ。

それにしても、久々にニコニコ動画を見て感じるのだが、未だにシークバーの読み込みで待たされたり、動画によっては、読み込みすらされなかったりと、いつの時代の産物だよ!と言いたくなる古臭さでガッカリしている。そこらへんの不便さをなんとかしてもらいたいものだ。
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増税前に新しいパソコンを買うことになりそうだが、親に怒られた話

今使っているパソコンは2010年6月に買ったもので、もう9年も使っており、今年で10年目になる年季の入った代物だ。

そうなると、当然、そんなパソコンはガタが来ておりあちこち壊れ始めているわけで、いつ故障するかわからない状態になってきている。

それを親も知っており、買い換えるように勧めてくるのだが、御存知の通り俺には金が無く、買い換える事ができないのだ。

それを言うと、増税前に買い換えるように余計促されてしまって、俺は怒られた。

「なんで貯金してないで、使い果たしてしまったの!」

俺は親にそうやって言われて、しこたま怒られた。

そして、一通り怒られた後、
しょうがないので増税前に買い替えてやるという話になったのだ。

買い換えると言っても、お金をかけて良いパソコンを買うというリッチな話になりそうにはない。

4,5万程度の、パソコンにしては安い相場の、でも、金のない人間にとっては高い買い物になる程度の相場で、パソコンを買うことになりそうだ。
(見てみないとわからないが、もっと安いパソコンがあれば、もっと低い値段のものを買うことになるかもしれない)

なので、新PC買ったぞヤッホイ!という状態になることはなさそうだ。

親がどうして買い替えてくれる話になったのか?(まあまだ約束の段階だが)

俺は年末になると、親の年賀状作成などでパソコンを使うために、俺がパソコンを持ってないと困る状態にあるのだ。

そのため、俺がいつまでもパソコンを買い換えず、壊れそうになっているパソコンを使っているのを見て、買い換えるように言ってきたのだ。

その兆候はあった。

今年の正月の年賀状を作るために、去年の12月に、年賀状を作っていたわけだが、
そのときに使っていた、年賀状本に付属していた年賀状作成ソフトが、俺のパソコンでは重すぎて、快適に作業ができなかったのだ。

「なんとかならないの?」

と、当時、親に言われたが、俺がパソコンがもう古くて使い物にならないという話をしたら、

「買い替えなさい」

という話になっていた。

それで、今年の10月、消費税があがるというので、増税前にでかい買い物を済ませるようにと俺のパソコンも買い換えるように言ってきたわけだ。

だが、ここで最初に戻るのだが、俺には買い換える金が無い。

金がないので、買い換えられないといったら、怒られて、仕方がないので親が出してやるという話になった。

うちは家計も火の車で正直そんな余裕がないのだが、俺がこんなどうしようもない状態だから、渋々出すことにしたのだそうだ。

なので、買い換えると言っても、低価格でとにかく動けばいいパソコンを買うことになりそうだ。
それでも、今俺が使っているパソコンより、いくらかは性能が良いと思うのだが。

ちなみに今回、モニターは買う必要がない。

モニターは、3年前に壊れて、IOデータの14000円の安いモニターを買い替えたので(もちろん、俺が金を出している)、
今回はパソコン本体だけを買うだけで良いのだ。

そんなわけで、9月ころにはパソコンを買い換えることになりそうだ。
その時は、このブログでもまた報告したいと思っている。

俺はこのように非常に困っております。
なんとかその状態から早く脱したいと本当に思っている。

ご清聴ありがとうざいました。

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」 -アニメ『輪るピングドラム』の希少な名台詞に打ちひしがれている俺がいる-

『輪るピングドラム』というアニメを知っているだろうか。
実は俺も詳しくは知らないのだが、そのアニメに、このような名台詞がある。


「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」


このセリフの意味は、一体どういうことなのだろうか?

俺はアニメ本編を見たことがないので、どのようなシチュエーションでこの台詞が言われているのか、とても気になってしまうところではあるが、この台詞は果たしてどういう意味を持っているのだろうか?

だが、この台詞単体で見ても、ものすごいパワーワードと言えないだろうか。

この台詞はある意味、アニメを視聴している一般視聴者たちに向けて言っているような錯覚さえ受ける。

きっとこの台詞の意図するところは、生きとし生ける多くの存在は、「何者にもなれない」で終わってしまうという残酷なことをいいたいのではないだろうか。

では「何者にもなれない」とはどういうことなのか。

それは、誰かにとってのトクベツな存在。
具体的に言えば、有名人とかそういったことになるのだろうが、多くの人は無名の人で終わっていく社会構造や事実が残酷な結果として存在しているということをいいたいのではないか。

俺は今現在、何者でもないし何者にもなっていない。何者にもなれる見通しも立っていないし、きっと何者にもなれずに終わっていくのだろう。

そして、日々毎日、俺はその事実についてどうしても受け入れることが出来ずに、思い悩んでいるのだ。

そう考えると、この言葉は、実に哲学的なものだ。

俺は終わった。

そうだ、いつも書いていることだ。

俺には何も無い

その事実を反論の余地無く喉元に突きつけられたような気分だ。

俺は色々やってきた

どれもダメだった。

そして最近は、いつも息を吐くように書き続けてきた文章すら書けなくなってしまっている。

前はなんともなく書けていたというのに。

俺は「きっと何者にもなれない」ことがわかっていながら、未だにあがき続けている。
案の定、全く成果はあげていない。

俺は、何者にもなれない無名に人では終わりたくない。

頼む、誰か、助けてくれ!!

無名な人のまま無為に生き続けるのであれば、俺はくたばる方を選ぶだろう。

俺は、本当に困っている。

みんな、楽しく生きている。俺もその輪の中に入りたい

きっとそれが「輪るピングドラム」なのだろう。

俺もその中に、早く入りたい。

早く。早く。早く。

早く。早く。早く。

早く。早く。早く。

5時間近くかけて書いたゲームレビューが、たったのページビューが12しか無く、非常にガッカリしている。 ~俺の人生なんてこんなもんだ~

毎回、そうなのだが、俺がやっているゲームレビューのサイトは、特に力をかけてやっている。
こんなブログの記事は30分から1時間もかかってしまえば、凄い方で、適当に書き流して終わってしまう代物だ。

ところが、ゲームレビューの記事は違う。
あの程度で、と思われるかもしれないが、1記事1記事、相当力を入れて書いている。

8月9日のことだ。
俺は、5時間以上かけて、とあるゲームのゲームレビューを書いた。
その成果が非常に気になっていたが、結果を見て俺はガッカリした。

ページビューは、たったの12だったのである。

はあ、
俺はため息を付いたもんだ。

これだけ頑張っても、さっぱり見てもらえない。
俺は、一体なんのために、やっているのだろうか。

本当に俺は思い悩んだ。

twitterで宣伝すれば?

そんなことをしても、なんの意味もない。
やっても無駄だから、やらないというわけだ。

宣伝の効果がない。twitterも自分の発言をアクセス解析で見ることが出来るので、はっきりわかんだね!!

俺は、何をやってるんだろう。

5時間も消費して、やっていたことが、ほとんど無駄に終わる。

もはや、『趣味』でやっているとしても、ストイックすぎて次元を超えている。

誰も来ないゲームレビューサイトを一生懸命情熱を込めて更新しても誰も見もしないのに、何を頑張っているのだろう。

もう、やめちまうか

何度も思ったものだ。

実のところ、このブログだって、1記事のアクセス数は大したことがない。
はっきりいって、12なんて多い方で、誤差の範囲内と言っても過言ではない。

ところが続けているのは、こんなブログの記事なんて気合い入れてやってるわけじゃないし、
まさに『趣味』レベルでやっていられるレベルのモンだからだ。

もう、本当にゲームレビューもやめちまうか

求められていないことを、これ以上意固地に続けても意味がない

それに自分の力量不足をこの1年ほどの間に痛いほど身にしみて感じさせられたこともあって、自信をなくしてしまっている。

長年続けて、文章力が上がったとか、レビューできる文章力がついたとかそんな目に見えた成果が上がったこともないし、ただゲームやって遊んでいただけという残酷な結果だけが、俺には残っている。

好きこそものの上手なれという言葉があって、好きなことを長く続けていると上達するなんて言葉があるが、どうやら俺には当てはまらなかったようだ。

俺はもうダメだ

このブログも終わり始めているし、もうゆっくりと倒れるしか無くなってきている。

頼む、誰か、助けてくれ!!!などという元気もない

ゆっくりともうくたばるしか無いんだ

終わります。

ゲーム配信しか無いと言いながら中々やろうとしなかったことについて ~それには難しい家庭の事情があった~

良く俺がする昔話の一つに、ゲーム配信をやっていたことがある。
全盛期には100人以上の視聴者が付き、待望されていた時期があったという、今の俺から見れば信じられないような話だ。だが事実である。

しかし、色々なことがあり、引退したものの、ブログのコメント欄でも「やってほしい」などの声が相次いだ。だが、あまり積極的にやろうとはしなかった。

何故か?

今日はその理由について紐解いていこうと思う。
(2012年頃、そういったことをせがまれていたときにも、書いていたような気がするが)

まず、俺の家というのは、家族が、親が、そういったものへの理解に乏しく、一人部屋でパソコンに向かって声を上げるなんていうことが非常に難しい環境にあった。
そんなことをやっていたら、「うるさい」などと言われるぐらい家は狭いし、理解を求めても、わかってくれるような親ではない。

うちの親がどれだけ、聞き分けがない親なのか非常にいいエピソードがあるので、一つ書く。
それは、俺がテレワーク(在宅勤務)の仕事をやろうと、試験を受けに行こうとしたときのことだ。
就業時間中に家事をやってほしい親が、「仕事中でもちょっと席を立って家のことやれるでしょ」という随分と厚かましいことを聞いてくるのだ。
俺は何度もNO!と言ったが、そんなの融通利かしてくれるでしょなどとありえない理論を振りかざしてきたのだ。
ちょっと世の中というのを、俺以上にわかっていないなと、感じられた一幕だった。

そのため、配信できる時間も必然的に限られる。
親が眠りについた、深夜0時半から1時過ぎから朝方の6時過ぎぐらいまでというのが、配信できる時間帯なのであった。

これは、俺が全盛期にゲーム配信をやっていたときも、その時間帯にのみ配信していた。

だから、今となっては全時間帯でゲーム配信というものが当たり前に行われているが、俺の家に限っては、2019年になった今となっても、配信できる環境下に無く、敷居が高いものであることが理由として大きなウエイトをしめている。

加えて、2019年の現在、
これは、2018年秋にニコ生で生放送を配信していたのを見ていた人ならわかると思うが、
深夜の12時半や1路を過ぎても、親に電話の内線で呼ばれることがあったということから察してほしいのだが(ニコ生ではそのたびにネタにされていた)、こんな夜遅くになっても、今は親が起きていて、家の家事をやったり、妹の障害者の介護をやったりしている。

そんなわけなので、今は昔よりもゲーム配信といったことが、難しくなっている現状にある。

仮に親のうるさいと言った声を無視しても、やっぱり難しい。

というのも、今の俺は家の家事や、妹の障害者の介護の手伝いといったことを、昔以上にたくさんやらされているので、中々まとまった自由時間というのが取れないのだ。
30分か1時間ぐらいしたら電話の内線で呼びつけられてすぐ離席、そのまま1時間近く帰ってこないとかザラみたいな状態になり、ゲーム配信どころではなくなってしまう。

俺の家はこういう環境にあるために、ゲーム配信といったことが中々難しく、やるのが厳しい状態にあるのだ。
だから引退したというのもある。

体がどんどんとシンドくなってきてとか、親が寝静まる時間を待って配信とか、20代後半の当時からしても、それに体を合わせるのがかなり辛かったというのが理由としてある。

ゲーム配信やったり出来る環境があれば、というか、俺にとっては足かせでしかないが、そういう足かせが外れたとしたら、もっと俺は積極的にゲーム配信をやっていたのではないかと思う。

ただ、2019年の今、ブログもこんな状態になり、ゲーム配信を待っているなんて声も無くなっている現在、ゲーム配信を始めようとしてももう俺としては遅すぎるぐらいで、今となってはもう、やる動機も消失してしまっているというのが現実としてある。

今年の春頃に、親身に相談に乗ってくれたとある人がいるのだが、俺の家はこうやって親が小うるさくて、家の中が忙しいからと言って俺を拘束しているので、なにか提案されてもやるのが難しいと言うのが実情としてある(まあ、もうその人はここを見てないと思うが)

2012年頃、別の人がブログのコメント欄に、俺の親のことを聞いて「毒親なんじゃないか」ということを書いた常連の人もいたのだが、今思えば、その意味を理解した俺からすると、うちの親ははっきり言って子供の自由を奪い続ける毒親だったんじゃないかということについては同意するかもしれない。

難しい話だ。

俺も体の自由がきけば、ゲーム配信やったりなんだり、するんですよ。
だが、現実として体の自由が効かない。昼間は作業所に行っているし、夜はこういう状態で親の手伝いに駆り出され、目立った行動はできない。
困っているわけだ。

本当に、なんとかしたいと思っている。

俺がゲーム配信を、待ち望まれても中々やってこなかったというのは、以上の理由からである。

親が親がと、親のせいにしているが、事実なのだから仕方のない話だ。

俺は、こんな暗いブログや誰も来ないゲームレビューサイトじゃなく、ゲーム配信をやめずに続けていればどんなに楽しい思いを出来たかと後悔している。

もう、立て直しは不可能だし、俺はもうダメだ。くたばるしか無い。

終わります。

昔のこのブログの事を思い出していた ~このブログの全盛期は2012年だった~

昨日の夜、夢を見た。

夢の中には、2012年に戻ってブログを更新していたときの俺がいた。
そこで、もうここを見ていないと思うが、初期の常連客だった”しきいし”さんのコメントを見て、一喜一憂していた俺の感情が2019年の俺の脳内に強烈に刻み込まれた。

「朝まで延長だ!」

これは、当時、peercastでゲーム動画配信を行っていたものをYoutubeに上げたのをブログにリンクしたときに、見たであろう”しきいし”さんからのコメントであった。

そのコメントを見て、俺は嬉しくなったものだった。

なぜなら、ブログではじめて俺の声というものを披露したからである。

今となっては、動画のライブ配信など珍しくもなんとも無いのだろう。
だが、2012年の当時は、まだそういった試みを行うことは珍しく、ブログ主の声が聞けるというのは、かなり珍しいことだったのだ。

2012年...。

もう、今から7年も前の話になる。

俺はこの歳になってもまだ行きていることに驚いている。

それは、ともかく。

昔を振り返っていて、このブログの全盛期というのは間違いなく、2012年だったんだろうなと、感慨深く思い返している。

特別、俺が面白いことを毎日更新していたとかそういうことはない。
それに、ブログのアクセス数だって、今よりずっと少なく、UUが一日20といった感じで、まあブログやりはじめてちょっと毛が生えた程度のアクセス数しか当時はなかった。
(かといって今が、凄いアクセス数があるのかというと、決してそういうわけではないが)

この頃は色んな人がブログに暖かいコメントを残していき、そして色んな人が見に来ていた、アットホームなブログだったのが、思い返してみて感じる印象だった。

仕事のない俺に仕事を紹介してくれるということもあった。
俺は、そういった人に失礼な態度をとったり、肝心なところで本当に出来るか不安になって、俺のせいで不意にしてしまったが、あの時仕事を受けていたら、今とは全く違った人生を歩んでいたのではないかと思う。
それが実現していたら、間違いなくこのブログはとっくの昔になくなっていることだろうと思う。
だが、残酷なことに、未だこのブログは健在だし、相変わらずの俺がここにはいる。

2012年にタイムスリップしてブログ更新している頃の自分になる夢を見て、俺は一つ思ったことがある。

このブログは、もう、潮時かもなあ。

2012年のときみたいに、誰かと出会ったり、そういう変化や驚きが、ブログを更新していてもなにもないし、何も変わらないだけで、ただ時間だけが流れていく。

そんなブログをいつまでも更新していても意味がないのではないか

本当にそう思ってしまったのだ。

さっきも書いたが、2012年の俺が、2012年に投稿していた記事が特別面白かったわけではない。
それは読み返してもらえばよく分かる話だ。
むしろ、今よりもずっと稚拙でつまらない記事ばかりだったのではないかと思う。

しかし、今は見ることが出来ないが、当時ついていたコメントなどで、一喜一憂があり、俺にとっては身のある存在であったのだ、このブログは。

2012年から2019年になって、時代の変化というのも一つの理由としてあるのかもしれない。

かつて、ブログは一大ブームとなって、一つのコミュニケーションツールにもなっていた。

しかし2019年の現在、ブログよりもSNSやら、動画サイトが主流になってしまってから、ブログは知らず知らずのうちに、ゆっくりと衰退していった。

それに、スマホの普及で爆発的にネット人口が増大したのも一因としてあるのではないか。

もう、こんな時代になってしまったら、もう、俺みたいな”無名な人”が人とつながるということ自体が難しくなっているのではないか、
俺はそう感じている。

ネットの世界も、残酷になったものだ。

このような状態になって、これから先は、果たしてどのようにすれば、かつてのような恩恵を取り戻せるのだろうか?
難しい問題だ。

ドラクエ10のVer5の新ディスクが10月24日に発売決定。しかし、新規や復帰者向け対策の発表はなし。今後ドラクエ10はどうなってしまうのか?

今日のドラゴンクエスト夏祭り2019のステージイベントで、ドラクエ10の新ディスク、Ver5ディスクについての、新情報が多数発表された。

その中には、衝撃的な発表が数多くあった。

まず、Ver5のメインストーリーにはセリフに声優のボイスが入るようになり、フルボイスになるとの事。
また、ボイスのオンオフは可能であるとの事。
(※Ver1-4など、既に実装済みのものには反映されない)

新職業「デスマスター」が追加されるとの事。
Ver5での新職業の追加はこの1職のみらしく、この点についてはこれまでの追加ディスクと比べると寂しいと言わざるを得ない。
また、これまでの新職業同様に、特殊な要素を多数もたせた職業になっていて、色々と面白い試みを取り入れているっぽい説明がされていた。

ピラミッドに代わる、新しい週課コンテンツ「万魔の塔」が追加されるとの事。
話を聞いていると、本当にピラミッドIIと言っていい感じの内容で、現行のピラミッドを死にコンテンツにして、こちらで新規と復帰者とともに遊べるようにするつもりなのだろうと思われる。

スキルの振り分けシステムが変更になるとの事。

職業クエストを1つクリアするごとに、その職業の全スキルカテゴリに20ポイントずつポイントが付与され、全部の職業クエストをクリアすると100ポイント加算されるようになる。
それとは別に、レベルアップ時にも手に入るスキルポイントを使って、ポイントの振り分けが行えるのだが、このポイントの割り振りが「その職業のみ」作用する方式に変更される。

つまり、戦士で片手剣に20ポイント振り分けていた場合、バトルマスターに転職した時、片手剣に割り振られたポイントは無効になる。この場合、バトルマスターの状態で、振り分けられるポイントを使って再度20ポイント、振り分ける必要性が出てきたということだ。

わかりにくいかもしれないが、このように職業ごとにスキルポイントを振り分ける方式に変更されたため、レベルアップで入手できるスキルポイントを増やす方向で調整を行っているそうだ。

さて、これが今回、発表会で発表された新情報の大まかな概要だ。

ある意味期待されていた、新規や復帰者向けの新情報はこの中にはない。
まさか、メインストーリーにボイスを追加することや、万魔の塔、スキルポイントのシステム変更が新規、復帰者向けと言いたいのであれば、かなりずれていると言わざるを得ないだろうから、これは違うだろう。

今回は、どちらかと言うとドラクエ10をやっている現行プレイヤー向けの発表会だったから、発表されなかったのだと思い、今後に期待したい。

しかし、公式発表にもある通り、現行プレイヤーは減り続けているようだ。
これに対する対策は本当に深刻なことのはずで、運営はそのことをちゃんと考えているのだろうか?

新規もそうだし、一度離れてしまった人を呼び戻すのは大変なことだろう。
だが、これからドラクエ10はどうするつもりなのだろう。

これは復帰して遊んでみたいと思えるようなことなんて、中々追加できないだろうし、
だけど、そういったことを取り入れていかなければ、厳しい現状が今のドラクエ10にはある。

7年も経ったMMORPGの運営が難しいということを実感させられる瞬間だ。

どうやらVer5ではなく、既にVer6の発売も視野に入れているそうだが、果たして発売できるのだろうか?

俺はもう、中々、よっぽどのことがない限り、このゲームに戻ることはないだろうが(Ver5が完結したときにやってみるかもしれないが、未定)
かつて、サービスイン直後に、ハマりまくったゲームで思い入れがあるだけに、そんなMMORPGの運営の今後については、気になっており、見守っていきたいと思っている。

1996年中学3年生の夏休み。RPGツクール2と出会った思い出のあの日。 ~ゲームを完成させることは出来なかったけどな~

1996年夏のことだった。
当時、中学3年生だった俺は、夏休みの真っ盛りだった。

とはいえ、中学3年生。
受験を控えた身ともあって、俺は午前中は塾の夏期講習会に行っており、真面目に勉強していた。

しかし、午後からは新聞配達があるぐらいで、塾が終わると開放的な気分になって遊び呆けたものだった。

新聞配達(夕刊)をしていたので、小遣いもたっぷりあり、欲しいゲームを欲しいまま、買い漁っていた。

そのうちの、大貝獣物語IIが期待を裏切るつまらなさで、俺は買って1週間足らずでクリアせずに売り払うことにした。
俺にとって、ここまでやってしまうのは、非常に珍しいことと言わざるを得ない。
それぐらい、当時の俺にとっては期待ハズレでつまらなかったのだ。

親に頼んで、ゲーム屋(というか家電屋)に同行してもらい、ゲームを売る手続きをする。

売ったお金をどうするか考えていたときに、中古ゲームコーナーにあった、とあるゲームが目に入ったのだった。

それが、「RPGツクール2」だ。

中古だが箱説明書付きで4280円のそれを、俺は急激に欲しくなった。


そして、ゲームを売り払ったお金を使って、RPGツクール2を買ったというわけだ。

当時、SFCのRPGツクール1も既に持っていて、その出来にガッカリしていた俺は、2の進化っぷりに驚いたものだった。

思っていたアレも出来る、コレも出来る、そして操作性が良く、グラフィックも綺麗になっており、とても魅力的なツクールになっていたのだった。

俺は夢中になって思いつく限りの色々なイベントを作って遊んだ。

RPGを一本作るなどという大それたことは出来なかったのは非常に残念ではあるが、
思いついたイベントを自らの手で作って、それがうまく動いたときの感動というものは、ただゲームをやっているだけでは味わえないものだ。

1996年の暑い夏、俺は夏休みの残りをRPGツクール2に夢中になった。
くだらないイベントを作っては満足し、へんてこなマップを作ってそれらをつなげて一つのダンジョンにしては満足し、その繰り返しだったと思う。

俺には心残りはある。

この中学生時代、あまり余った時間を使って、2,3ヶ月の間に一本、立派なRPGを作っていたら、また人生も違っていたのだろうなあと思う。

しかし俺はそれをしなかった。

実に勿体ないことである。

それぐらいしっかりしたRPGを一本、完成させるというのは、誇らしいことであり、難しいことなのだ。

俺が思うに、当時のPC版のRPGツクールより、グラフィックは力入っているし、良質なツールだったように思う。
まあ、PC版と比べるとやれることは遥かに劣ってしまうことは否めないが、基本的なことは一通り出来るし、そんなに複雑な機能がないから、親しみやすくすぐに慣れることが出来る。

夏休みが終わってから、俺は正式に塾に入って塾生になったので、新聞配達は続けられなくなり、9月で新聞配達(夕刊)をやめることになった。

その代わり、塾に通うことになったので、忙しさはさほど変わらなかったが、新聞配達をしていた時鎧は自由な時間が増えた。

しかし、バイト代が激減したので、欲しいゲームを欲しいだけ買い漁るということは出来なくなった。

勉強でそれなりに忙しくなってはいたものの、やるゲームが無くなっていた中学3年の秋、
RPGツクール2を友達などと長期に渡って触り続け、色々馬鹿なことをやっていたのは覚えている。

そんな思い出のゲームが、この「RPGツクール2」なのだ。

俺にとって思い入れの強いシリーズとなっているのが、この「RPGツクール」シリーズなのだ。

前にも書いたが、バグだらけ仕様ミスだらけでゲームを作るのもままならないというRPGツクール4を使ってゲームを完成させてみたいというのは、この時代の思い入れが原動力になっている。

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