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俺は住んでる世界に満足できなかったんだよ

今更隠すことでもないが、俺は北海道の旭川というところに住んでいる。
子供の頃から、(好き好まず)ずっとだ。

都会といえば都会だし、田舎といえば田舎である。
総じて、ちんけな都会と言う事ができると思う。

さて、どうして突然こんな話を出したのかと言うと、それには訳がある。

今回は俺が暮らしてきた環境、世界について語りたくなったからだ。

子供の頃から俺は、どうもこの故郷が好きになれなかった。
どういうことだろうか?

なんていうか、小さい頃に物心つく頃に触れたゲーム、ファミコンに大きな関係がある。

家にはゲームだけでなく、ゲーム雑誌も置いてあり、小学校上がる前、幼稚園の辺りから、
それを読んでいた。
まあ、半分以上は意味を理解できなかったかと思うが。

ゲームとゲーム雑誌。この2つに触れて育った俺は、「コンピュータというこんなに面白い世界が広がっているんだ」という気持ちになった。

最初はただ、ゲームに夢中になっていただけだった。
そこから、当時で言うならマイコン、パソコンを知り、ゲームを作っている側を知っていく。

自慢じゃないが、小学校中学年ぐらいにはもう宮本茂の顔まで知っていたし、
ゲーム会社で頭角を現してきていたメーカー、コナミ、ハドソン、ナムコ、カプコンなど
そういうゲーム会社が何を出しているかなど、記憶しだしていた。

そうなると、もう日常が退屈になっていくのだ。
コンピュータとはかけ離れた、旭川という日常の世界が。毎日が。

人並みに外で野球やったり家で友達とゲームやったりカードダスをやって遊んでいたが、どこか面白くなく、虚無で外にいる時間が退屈だった。
ああ、何やってるんだ俺という気持ちだ。

だが、親には子供は外で遊べと外に無理矢理出されるし、外に出ると遊ぶ友達がいたから、仕方なく遊んでいた。
内心、どうしようもなくつまらなかったが。

小学校低学年の頃にはもう、PCエンジンとCD-ROMが家にはあった。
そこからますますゲームという世界が魅力的になっていく。

PCエンジンのCD-ROMは当時PCエンジン本体を除いても7万円を超えるほどの高額商品だった。
それをうちの親父は買ってきた。
1989年のことだったと思う。
ファミコンより遥かに性能の良いPCエンジンのCD-ROMは、なめらかで派手なアニメーションを画面内で繰り広げ、スピーカーから流れるのはシンセサイザーを使った豪華な生バンドのBGMだった。

やっと世の中の小学生がファミコンでゲームに魅了されていた頃。
そんな高性能マシンに触れて、魅了されないわけがない。

ファイティングストリート、イース1・2、天外魔境1、コズミックファンタジー1……

これらのCD-ROMソフトに俺は魅入られていった。

こうなるともう、お外で遊ぶのが、いよいよ本格的に馬鹿らしくなっていった。

だって、家に帰れば、ファミコン、PCエンジンがあって、そこでは当時としては考えられないほど
高度でリアルな世界が広がっていたのだから。

俺の世代で、親がゲームを遊んでいるというのは極めて珍しかった。
俺が通っていた小学校でも、親が本格的にゲームをやっていたというのはクラスで唯一だったと言っても過言ではなかったと思う。

親に買ってもらうのではなく、親が買ってくるゲームは、子供にとっては刺激的で衝撃的だった。
当時のドラクエやファイナルファンタジーやマリオでは味わえない感動や刺激がそこにはあった。

勿論、それにはアダルトな世界もあった(小学生にはロマンを感じられたものではないが)。

そんな環境に置いて、親にけしからんと言いたくなる人もいるだろうと思う。

だが、何が正しくて何が正しくないかというのは、結局その時その時になってみないとわからない。
確かにゲームのない世界で普通に育てられたら、今の俺はいなかっただろう。
だけどそれは、凡庸な、どこにでもいる普通の人だ。
そんな人間になって何が面白いのか。
今の俺を見て、間違ってるといいたいのだろうが、仮に俺がうまくやっていたら、そんな言葉はきっと出てこないだろう。

今なんて、子供にスマホやらパソコンやら渡して遊ばせている親なんてざらにいる。
俺の時代は、昔だったから、そういう環境に陥るケースが少なかったというだけで。

もう、その環境で育ってしまったのだから、仕方のないことだろう。

余り書くと自己弁護がどうたらという話になっていくのでこのへんで打ち切る。

そんな育ち方をしたものだから、学校の勉強はつまらないし、外で友達と遊んでいても物足りない。
まあ、友達と遊ぶのはそこまでつまらなかったわけではないが。

とにかく、隔週刊で発売されるゲーム雑誌や親が買ってくるゲームを追っているのが面白く、それ以外はどうでも良くなっていた。

でも、周りを見渡せば、案外そんなもんじゃないか?

週刊少年ジャンプのドラゴンボールを筆頭に、漫画に夢中になっていた。

俺は、そういったものには見向きもせず、ひたすらゲーム。ゲーム雑誌を読み漁っていた。
それが、何よりも至福のときだったからだ。

中学校に入ってからも、俺はひたすらゲームばかりで勉強をしなかった。

中2になってすぐにあった定期テストで数学を100点中、8点を取った。

それは俺にとって、今更だった。
だって、親に見せなくても済む小テストで何度も100点中0点を取っていたからだ。

8点という点数に、親は流石に激怒した。

その時から俺は、勉強をするようになった。
この辺の話は別のエントリでしてるから、詳しくは書かない。

いや、別の目線で少し触れておこうか。

俺は、親に怒られて、少し周りを見渡したんだ。

そうしたら、学校の成績が悪い人は、本当に馬鹿で、頭が悪そうで、話も通じないようなやつがいた。見るからに点数の悪そうな振る舞いをしているような奴らがいた。

気持ち悪っ
俺は自分のことを顧みずそう素直に思った。

俺はそいつ等と同じになりたくなかった。

そう

そうである。

俺は、自分より下の人間を見て、“こうなりたくない!!”と思って勉強を始めたんだ。

勉強しないでも30点取れていた人間が、勉強を始めると当たり前だが点数は上昇する。

だが、俺にとって勉強は面白くなく、ただのゲームを遊ぶための足かせにしか感じなかった。

俺にとって、成績はただのステータス。

良い点数を取っておけば、頭の悪そうな奴らと一緒にされないし、一緒にならないだろう。

ただ、そういったモノでしかない。

ゲームで言う、無機質に居並ぶパラメーターのようなもの。

低いとバカにされるから、それを上げるだけ…みたいな。

だから点数が上がると嬉しいとかもあまりなかった。
俺の欲しいものを買ってくれるみたいな褒美もなかったし、頑張るだけただ虚しいだけだった。

昔のエントリには成績が上がるのが嬉しいとか書いてた気がするが、本音や実態を言うと、このようなもんだ。

そして、中2の秋になって、俺は欲しいゲームを買うために新聞配達を始める。
この辺の話も何度も書いてきているから、ここでは詳しく書かない。

中2の冬ころ、我が家にとうとうパソコンがやってきた。

親父がゲームに飽きて、パソコンを買いだしたのだ。

折しもWindows95ブームが到来した直後だった。

ここでパソコンを弄り倒して、プログラムの一つでも習得してれば、将来違ったのだろうが、そんなに都合よく事が運ぶわけもない。

親父がたまに使わせてくれるパソコンで、中途半端に遊んで終わるの繰り返しだった。

何よりこの頃、新聞配達に勉強に忙しく、ほとんど遊ぶということが出来ていなかった。

中3の秋のことだった。選択授業でPCでプログラムを組むというカリキュラムがあった。
俺は迷わずそのカリキュラムを選択した。

コンピュータ室で、ベーシックを組む授業だった。

俺はワクワクしていた。

今でもその授業内容は覚えている。

電圧の計算をベーシックでプログラムするというものだ。

このとき俺は、タッチタイピングもマスターしていなかった。
だから、人差し指で一つ一つゆっくりプログラムを書いていった。

俺は夢中になってやったので、人より早く電圧のプログラムを完成させた。

なので、画面を装飾するというプログラムも付け加えていった。

俺はホントにこの授業を楽しんでいた。
このときほど学校の勉強が楽しかったということはない。
もう、毎週、選択授業の時間が来るのが楽しみで仕方がなかった。

たったの2,3ヶ月しかなかったが、学校の授業で初めて有意義だと感じた授業だった。

こんなに有意義な授業だったのに、周りを見てみると、真面目に取り組んでいる人が本当に少ない事に気づいた。

「なんでなんだろう!?」

俺は疑問に思った。

それだけではない。
中学に入ってから、スポーツ系の部活で汗を流す人たちが理解できなかった。

中学は絶対にどこかの部活に入っていなければならなかったので、俺も実際、最初は友達に誘われて、卓球部にいやいや入ったことがあった。

だが、スポーツは運動神経が悪くて苦手だったのでうまく出来なくてまるで全く楽しくなかった。

俺はすぐに退部届を出して文系のサボれそうな部活に入った。
実質帰宅部と言うやつだ。

スポーツ系の部活に入って一生懸命汗を流すということが俺にはどうしても理解できなかった。

何故か?

簡単な話だ。

そのスポーツが得意な人は、それで全国大会に出たり、何かの大会で1位を取るなどして賞をもらったり出来るだろうが、それ以外は、結果を残せず、ただ自己満足で終わっていく世界だ。

いわゆるピラミッドのような構造になっている。
低層の連中は何も残せずに終わっていく。

そんなことにいくら頑張っても何を得ることが出来るのか?

俺は本気でそう思っていた。

運動神経が鈍くて、身体を動かすのが苦手だから、体育会系のことについて徹底的にそう感じるのかもしれない。

だが、部活に入って体を動かしたからどうだ?
その後の人生にそんなに大きく影響が起こるのだろうか?

まあ、友達が増えるとか、それがきっかけで彼女が出来るとかそういうことはあるかもしれない。
だけど、それは直接的に部活とは関係ないことだ。

なんか、スポーツ系の部活に入って頑張るとか汗を流すとかっていうことが、美徳にすらなっているような風潮、空気が俺は嫌だったし理解ができなかった。

そこに俺みたいな不向きな、下手くそな人間が意固地に居座っていてもなんにも得られない。

この考え、どうだろうか?

俺はそれなりに大きな中学にいたから、どのスポーツ系の部活も人が沢山いて序列階級がはっきりしていた。
だからいくら頑張っても、スポーツの苦手な人間がエースに抜擢されるなんてことはないし、駄目な人間はそれなりの地位が待っていることがわかっていた。

逆に、その環境でエースになれたのならば、地区大会で優勝したりということが可能になれるような学校だった。

そして、もう一つ周りに対して理解できないことがあった。

ゲームとかコンピュータという世界がこんなにも将来性に満ちた可能性を見せていた時期に、
それに興味を持つ人間があまりにも少なすぎたことだ。

多くの人が何気なくゲームはやっていた。
だが、そこに熱い情熱を注ぐ人もいなければ、深く興味を持つ人間もいなかった。
どちらかと言うと娯楽としてはゲームはまだ弱くて、漫画が圧倒的だった。
アニメも、オタクっぽいという理由でまだマイナーな存在だった。

男子が将来の夢に挙げる職業は、「自動車整備士」で、俺はそのことが理解できなかった。

地元の工業高校にはプログラムを学ぶ学科がなかった。
つまりは俺は、俺の興味を満たせる世界が地元・旭川には存在しなかったのである。
(今は違う、付け加えておくが念の為。これは昔の話である)

そこで俺は、親の反対を押し切って、高校は進学校を選んだのだった。

さて、俺の若かりし学生時代の昔話はここまでだ。

俺はなにかクリエイティブなことがやりたかった。
何もゲーム開発ということだけではない。

人は俺のことをワナビーとか言うのだろうが、
なんにも挑戦せず、夢の一つも持たない人間にはなりたくない。

ちなみに、中学の同級生で、ゲームクリエイターになった人間が2人いる。
俺が若き頃、夢を見ていたことは、そんなにそこまで、無理なことだとは思っていない。
しかも一人は、仲良かった友達で、成績は俺よりかなり悪かった。
今はもう、無理だと思うけどね。

勿論、2人共、上京している。

他にもエグい話を混ぜ込みたかったが、俺が悪者になりたくないから、辞めた。

終わります。
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最近はニコ生を良く見ている

今年の1月から、ニコニコ生放送を良く見るようになった。
ニコニコ動画は人が減っていて終わったとよく言われているが、
ゲームの生放送を見るのに一番いい場所と言われたら、ニコニコ生放送だと思っている。

個人的には、ニコニコ動画は嫌いだった。
匿名性の高いコメント機能とか、独特のノリが嫌で、積極的に使うことはなかった。

その証拠として、ニコニコ動画全盛期でも自分はニコニコ動画を使わず、Youtubeで動画を探していた(2007年前後)。
Youtubeのアカウント登録が異様に早いのも、自分がYoutubeびいきだった証拠の一つだ。
(Youtubeのアカウント登録は2006年11月頃、この頃は日本人自体がまだ全然いない時代だった)

それが今やすっかり、ニコニコ動画のニコニコ生放送にどっぷり浸かっている。

何故か?

ニコニコ動画の欠点とかデメリットは今でも山のように出てくるが、自分が感じている長所とかメリットを語りたいと思う。

一番のメリットは、検索のしやすさだ。
今なら雨後の筍のように、配信サイトがたくさんできているが、ニコニコ生放送ほど検索しやすいサイトはない。

自分は、見る動画はゲームだけなんだが、この場合、見たい動画を探す時、TOPからゲームのカテゴリをクリックするだけ。
これで、ゲームのチャンネルにすぐ移れる。
逆に、ゲーム以外の動画を見たい人なら、やはりTOPから、そのカテゴリをクリックするだけでいい。
生放送は新着順に並んでいて、良くある他のサイトの人気順ではないのも個人的にはベストだ。

賑わってる感を出したいためか、配信サイトのレイアウトと言ったらテンプレートのように人気順(同時視聴者数順)を採用している配信サイトばかりなのだが、この場合、人数の多い配信を探すのには都合がいいが、
自分が見たいと思っている配信を探すには、本当に不向きだ。

同時視聴者数の多い人気者の配信が面白い確率が高いのだろうが、ゲームに限った場合
大抵新作ゲームだったり、似たり寄ったりのゲームばかりがズラズラっと並ぶ。
それに、人気配信者の場合、コメント自体が多くてまず読まれないのでチャットに参加したいと思わない。
人気配信者の配信のほうが面白いのかもしれないが、自分はそうは思っていないので、新着順で表示されるニコニコ生放送は使いやすくて良い。

次に、ニコニコ生放送はタグ検索が便利だ。
見たいゲームを重視している自分としては、タグ検索で自分が見たいゲームを検索する。
ゲームタイトルだけで検索できるのではなく、レトロゲームという曖昧な意味合いでも検索できるのが、ニコニコ生放送最大の長所と言ってもいい部分。

自分の興味は、レトロゲームに偏っているので、ゲームにジャンプした後、レトロゲームのタグをクリックして、そこに表示された配信から、見たいものを選ぶだけ。

少なくともレトロゲームを見たい場合、ゲーム→レトロゲームと数を絞るだけで、丁度いい検索数が表示されて、実に居心地が良い。

ちなみに、ここでのレトロゲームの定義は今やPS2やGC、DSにまで広がっていて、PS3以降のゲームには付けられない。
レトロゲームの定義は人それぞれかと思うが、見きれないほど検索結果が表示されるわけじゃないし、2018年3月現在の段階としては、いい感じの使われ方をしていると思う。

ちなみに、レトロゲームタグは少ないときで20以下、多いときで60以上といった振れ幅だ。

気に入った配信を見つけたら、その人のコミュニティをフォローすれば、ニコニコ生放送内にいる場合に限り、上部のメニューバーでフォローコミュニティが配信しているかどうかがリアルタイムに表示される。
通知という形じゃないのがうざったくなくて良い。

人が減ったのは確かだが、一極集中しやすい他の配信サイトと比べて、一般人が配信してもリスナーが付きやすい。
これは、ニコニコ生放送を利用している人がまだまだ多いことの現れだと思っている。
プレミアム会員は減ったかもしれないが、無料でなら使いたいという人たちはまだまだ多いのだろう。

配信者も減って面白い配信が減ったんじゃないかという意見もあるかもしれないが、
探せば面白い配信者はまだまだたくさんいる。

現に、自分の場合、1月から見はじめて、マイナーな配信者で面白いと思ってフォローしているコミュニティが10個は超えている。

もし、ニコニコ生放送より、良い配信サイトがあったとしたら、教えて欲しいと思っている。

ちなみこの話は、ニコニコ生放送限定の話で、ニコニコ動画の方は一切見ていない。
あくまでも生配信に限った話を書いた。

なぜ、こんな話を書いたのかと言うと、
見る側だけでなく、配信する側にも戻りたいと思っているからだ。

今、twitchで配信することがあるのだが、ずっと視聴者数が増えず、全く見てもらえてないのだ。

当たり前だ。
やっているゲームがPS2とかのレトロゲームで、全然注目度の無いゲームばかりやっているためだ。

去年の12月ころまでは、告知すれば何人か見に来ていたのだが、もう誰も見に来なくなった。

そういうわけで、ちょっと困っているのだ。

終わります。

ゲーム作り終えたから戻ってきた(+近況報告など)

このブログでも何度も書いているが、この1年半ぐらい、ずっとRPGツクールMVでゲームを作っていた。
更新途絶してたのも、ゲーム作りに時間を集中させるためだった。

そしてそれがようやく終わった。

製作期間としては2016年8月から2018年3月頭までだから、大体1年半といった所だ。

まあ、今回は色んな物を捨てて頑張った。

金もなくなったから、欲しいゲームとかそういうのも全部我慢した。
特に欲しくて我慢するのが辛かったのが、ニンテンドーSwitchとゼルダの伝説だ。
子供かと言われるかもしれないが、これを我慢するのは本当に辛かった。
ネットでも話題になっていて、そういうものが嫌でも目に入ってくる時期があったからだ。

これまでは金がなくなったら、適当にバイトって感じだったが、それも歳を食ってだんだん出来なくなっていった。
全く仕事探ししてなかったわけではなく、開発期間中、障害者就労の説明会になら2回出たが。
そして今、何をしてるかっていうことも、今はまだここには書かない。

発達障害(ADHD、アスペルガー症候群)と診断されてから、俺の環境は大きく変わってしまったのだ。
俺も障害者の一員だということを強く認識された出来事だった。

他にも色んなものを捨ててきたが、ここでは自分の都合の悪くなるようなことは書かない。
前までなら、あけっぴろげに全部書いてきたけど。

これだけ力を入れて、頑張ってRPGツクールMVでRPGを作った。
だが、残念ながら、RPGツクール3のときとは異なり、自己評価はあまり高くない。

やはり、コンシューマのRPGツクールとは勝手が違いすぎたのだ。

うまく説明することは出来ないが、PC版のRPGツクールは、当たり前の話だが本格的な開発ツールである。

勿論、コンシューマのRPGツクール3で3ヶ月間、500時間以上かけてやってきたことは全くの無意味ではない。

実際、イベントを組む時に、コンシューマでやってたこと、考え方とかがそのまま通用するになっている。

だが、コンシューマのRPGツクール3では考えなくていいこと、例えば根幹のゲームシステムであるとか、
ピクチャの表示(立ち絵、ウィンドウ表示位置)だとか、BGMの鳴らし方だとか、諸々の細かい色んな要素も、PC版のRPGツクールMVでは考えなければならない。

必要ならば、外部から、フリー素材を持ってきたり、有償素材として依頼して作ってもらったりということもしなければならない。
プラグインって言う、まあブログとかHPとかのプラグインと一緒の意味合いのもので、それを導入して、ブログならば例えばデザインの見せ方とか新しい機能を追加していってるけども、それと同じようなことをやる必要がある。
自分がほしいプラグインがなかったら、Javascriptを勉強して作ることすら出来るし、個人でそこまでやっている人だってゴロゴロいる。
(今、名作と言われてる、遊ばれてる開発の敷居が低いRPGツクール製のゲームですら、8割以上がそれを行っている)

俺は見積もりが甘かった。
PS1のRPGツクール3と同じ制作方法でゲームを作っていったけども、さっぱりうまく行かなかった。

その制作方法というのは、
まずマップを全部作り、その次にイベントを全部作り、その次に敵キャラを全部作り・・・
というやり方だ。

このやり方は、開発終盤で間違いなく苦しむし、何よりゲーム一本作れることは作れるのだが、思ったようなゲームにならない。

今回、そういうゲームの作り方をしたこともあって、マップやイベントが出来上がり、
後はバトルパートやら、町の住人の台詞作りやらが残った、開発後半以降で、物凄く俺は苦しんだ。

何がうまく出来なかったのかと言うと、一応一本のRPGが出来たといえば出来たのだが、
なんというか、マップ、イベント、バトルとバラバラに分けて一気に作っていったというのが、完成品にもそのまま現れていて、遊んでいてひたすら辛いようなRPGになってしまったこと。

イベントをクリアしたらアイテムが貰えるとか、ダンジョンが2つあって、好きな順番に攻略できるとか、
あまりうまく書けないのだが、そういうパートごとに連動した要素というのが作れず、
それぞれの要素が乖離したような、実に寂しい一本道のRPGが出来上がった。

頭ではわかっていたのだが…。

やはり、正しい作り方というのは、一個のシナリオを1つのステージと見立てて、
1ステージを順番に一個ずつ作っていくというのが、一番効率の良いやり方だと思う。

これは、俺は頭ではわかっていた。
だが、いざ自分が作ろうと思うと、そういう根本的なことが頭から抜け落ちてしまうのだ。

だから、自分でRPGを作る時、やたら難しいのが出来たり、難しいゲームになりがちなのは、他人が遊ぶことに配慮が出来なくなっていくからだろうと思う。
(ここで書いてるのは、難しい=悪という意味ではない。クリア不能なぐらい難しく作ってしまうあるある話のことだ)

そして俺も、他人に配慮できる人間ではない。
それから導き出される必然だったのかもしれないが、俺にはゲームづくりは向いていないということが、一年半頑張ってきて身にしみてわかったことだった。

まあ、いいさ。
一年半という時間をかけて、途中から向いてないと気付いても、やり通したんだから。

ブログの更新が止まった8月以降も、俺は崖っぷちまで一心不乱の精神で、途中まで出来ていたゲーム作りを辞めずにやり続けた。
本音を言うと、何度も途中で投げかけた。
これ、ここから作り続けても面白くならないんじゃね?という葛藤が何度も何度も心をかすめた。

それは、そこに至るまで、既に突き刺さっていた邪念だった。

いや、
邪念ではなくて、事実、真実みたいなもんだったのかもしれない。

それに気付きたくないだけで。俺は、目を背けて完成を目指していた。

そしてそれは終わった。

俺の一年半は特に何も影響を及ぼさなかった。

そんなもんだ。

これだけ必死な姿で頑張れば、ちょっとでも何かが起こるとか何かが変わるとかどこかで思っていた部分があった。

一つのチャレンジが終わった気がした。

そして俺はまた元の鞘に戻った。

さて、これからどうするかな。
今、こんな状態。

今はただ、やりきったことの反動で、全身に脱力感だけが残っている。
疲れた。ただただ疲れた。やりきった。

続編の制作も考えているが、どうなるかはわからない。
ストーリー的に続編が欲しい終わり方をしているから、やりたいとは思っているが、
もう、俺には時間がなくなってきている。

だから、やれるかどうかはわからない。

これは、ゲーム作りに向いてないからやらないとか、そういう次元の話ではない。






話は変わるが、、、


今度は自分の近況について触れて終わりたいと思う。

7ヶ月近くこのブログを更新していなかった。

その間に色々なことがあった。

障害者枠の採用説明会に2回出たこととか、そういったこともあった。

何度か書いてきたが、自分はゲーム関係の仕事がしたいというか、飯のタネにしたいと言うことを書いてきた。

それの理由を述べておきたいと思う。

自慢じゃないが、俺の家には俺が買い集めた、ゲームが2000本近くある。
これは俺が20代の頃に、リサイクルショップやゲオとかで、買い集めたものだ。

このゲーム博物館が、もう間もなく壊されようとしている。

これだけゲームソフトを溜め込んでいる俺のことを親父は面白く思っておらず、
そのうち処分したいと言う考えを持っているようなのだ。

自分がゲーム関係のことで飯の種に出来ていたら、これらを捨てられたり処分される口実がなくなる。
俺がこれまで必死に守り続けてたもの、それはこのゲーム博物館なのだ。

そして、必死になって自立したい、独立したいとか、いい続けていたのは、これらを捨てられる未来が来ないために本当に心から思っていたことだ。

ところが、2年前、発達障害と診断されて、状況が大きく変わってきた。

だけども、親父がゲームを捨てたがっているという現実的な締切は待ってくれない。

なんとかして、捨てられない状態に持って行きたかったのだが、もうそれも限界に来た。

捨てられるぐらいなら、その直前にヤフオクに出すとか、一括買い取りしてくれる人を探すとかすればいいのにと思うのかもしれないが、

そういう手間を使う時間さえ削ってここまでやってきたので、そういう路線ももう、難しい。

俺が必死になってゲームに情熱を注いでて、かつ、それを続けたい原動力になっていたのは
部屋に大量に転がっている2000本のゲームソフトだ。

他人にとってはどうでもいい、ゴミみたいなものかもしれないが、俺にとっては宝物のようなものだった。

勿論、同じゲーマーからしてみたら、お宝物や掘り出し物が混じっている可能性も大いにある。

しかし、もう俺にはこれを守り切る力も何もなくなった。

残念だが、ここまでだ。



それに最近、あれだけ頑なに続けてきたゲームレビュー。

これにも自信がなくなってきた。
自信がなくなっただけではない、ゲームレビュー自体かけなくなってきているのだ。

もう14年も続けてきたゲームレビュー、
このブログにもリンクが張ってあるから、読んだ人もいることだろう。

これまで自分は、このゲームレビューに強い自信を持っていた。
まあ、昔書いてたレビュー記事なんかは、改めて書き直したいぐらいには思っていたが、
最近書いたものとか、日付が新しいものに関しては、強い自信があった。

しかし、自分が書いてきた文章って、ゲームレビューにすらなってないんじゃないか?

実はごく最近、こんな初歩的な疑念が湧いていたのだ。

なんというか、ただあらすじを並べ立てただけで読書感想文と言い張っている、そんなレビュー記事。

俺は最近こう思うようになっていた。

そしたら段々と、自信がなくなっていき、レビュー記事自体書けなくなってきたのだ。

これは、俺にとっても非常に衝撃的な出来事だった。

俺にとって、ネット上で最高だと思っているゲームレビューサイトを紹介する。

それは、何度かこのブログでも紹介しているが…。

このサイトにある、ゲームレビューは、ネット上で見れるレビューでは一番おもしろいと思っている。

本当に素晴らしいサイトだと思っている。
なんといっても、プロのライターが無料で閲覧できるHPをやってレビューを趣味で書いているのだから、その質の高さも納得の一言だ。

自分がカンパできるほどの金を持ってて、あげたゲームを取り上げてくれるなら、何本もゲームを送りつけている。それぐらい信頼しているサイトである。


それに比べて俺のサイトは、人を不快にするような文章で、かつ、
無機質でなんにも面白味がない。

こんな初歩的なことに、14年もやっていて今更気づいたのだ。

こんなしくじり先生、広い芸能界探しても中々いないといっても断言できる。

そして、自分が、文章力がないということにも気付き、このブログで文章を書いて投稿することへの士気が落ちていたのも事実だ。

なんていうか、文章を書いていても、以前ほどの達成感がない、ということからも、
この考えに間違えがないということを指し示している事がわかる。

blog0320.png 

ツイッターでこのような発言を随分前に見た。

これは自分のことではないとは思うけども、もし自分のことだとしたら、
やっぱり文章力とか文才はないといいたいと思う。

長くなったので、この辺にする。

終わります。





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